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青空てにをは辞典 「翌年~」

数字は,青空文庫全作品中での総利用回数です。総索引

義務~ ~義理 義理~ 義雄~ ~羽 羽~ ~羽織 羽織~ ~翁 翁~
翌年~
翌日~ 翌朝~ 習~ ~習慣 習慣~ 翻訳~ ~翼 翼~ 老~ 老い~

「翌年~」 1235, 13ppm, 8291位

▼ 翌年~ (456, 36.9%)

13 春に 11 春の 9 二月に 5 夏の, 春には, 正月に 4 二月の, 夏に, 春まで, 正月の, 秋に 3 三月には, 三月まで, 三月男の子を, 九月に, 初夏まで, 四月の, 夏には, 夏まで, 春にかけて

2 [32件] ことで, 一八七八年の, 一月から, 一月である, 三月に, 二月さる, 二月には, 五月に, 作だ, 八月である, 八月に, 初夏に, 四月に, 四月まで, 夏船で, 夏銀座の, 夏頃まで, 小牧の, 文化六年に, 春, 春から, 春が, 春この, 春で, 春である, 春と, 春伊織の, 春最初の, 正月には, 秋から, 秋には, 秋の

1 [297件] お正月に, ことだった, ことであっ, ことである, こと村に, こと私は, なかばごろまで, はじめには, はじめ東京に, やはり二の酉, を, サロンに, シーズンに, マドリッド闘牛場は, 一九一五年の, 一二月にかけては, 一月か月は, 一月であった, 一月でありました, 一月には, 一月も, 一月下旬までにわたって, 一月二十四日自由劇場は, 一月二月に, 一月十二三日乃ち旅順開城後まで, 一月十何日ぐらいに, 一月半ばであった, 一月末に, 一月末永代橋の, 一月頃だった, 丁度九月頃には, 七月こんどは, 七月に, 七月には, 七月末熱射病で, 七歳には, 三四月頃まで, 三月あたりでなく, 三月が, 三月ごろに, 三月その, 三月で, 三月であった, 三月へ, 三月までを, 三月一日の, 三月下旬の, 三月二十七日に, 三月二十五日, 三月初めに, 三月時分頃まで, 三月末と, 三月某日これも, 三月白紙の, 三月興行から, 三月蜿蜒の, 三月頃である, 三月頃の, 三月頃までは, 丙午です, 九月には, 九月一日の, 九月九日に, 九月産み落した, 九月頃, 事である, 二月だった, 二月で, 二月である, 二月へ, 二月まで, 二月ポウは, 二月一杯にかけて, 二月二十七日一行は, 二月初め, 二月初旬である, 二月半の, 二月小笠原島に, 二月末の, 二月條野採菊翁が, 二月藤屋の, 二月買入れた, 五六月の, 五月ちょうど, 五月で, 五月です, 五月なかばに, 五月には, 五月の, 五月はる, 五月まで, 五月六日まで, 五月十日の, 五月天科村の, 五月詰まらない, 五月頃であった, 五月頃まで, 享和三年の, 作物を, 元久元年七月十八日, 八月六日には, 八月道珍和上の, 六月に, 六月には, 六月やはり, 六月八日に, 六月四日に, 写真です, 冬に, 冬の, 冬へ, 冬彼は, 冬息子が, 初めで, 初夏ごろの, 初夏には, 初夏は, 初夏同じ, 初夏金沢の, 十一月二十一日の, 十二月中に, 十二月八日に, 十二月礦路学堂を, 十月である, 十月の, 十月は, 十月までは, 十月二十日である, 四五月ぐらいまで, 四月, 四月この, 四月で, 四月です, 四月には, 四月アレキサンドル帝は, 四月三高の, 四月上旬足利梁田両, 四月十一日に, 四月四日この, 四月國から, 四月陸軍幼年学校の, 四月頃から, 四月頃までも, 土地経営に関する, 土用明け前丈夫自慢の, 夏あたり同僚と, 夏から, 夏ごろまで, 夏その, 夏であった, 夏なんでも, 夏にかけて, 夏にな, 夏にも, 夏ふたりは, 夏も, 夏ようよう粗末な, 夏リヴィングストーン一行が, 夏レーニングラードに, 夏二ヵ月ほど, 夏休みは, 夏倫敦タイムスに, 夏夫が, 夏歸國した, 夏自分が, 夏自分は, 夏藩地へ, 夏郷里の, 夏頃から, 天保五年秋と, 天正元年, 天気および, 寛政五年剃髪した, 建保五年六月に, 建保六年も, 御年二十二歳, 忌には, 数字が, 新学年前, 新板, 旧正月, 早春に, 早春腸を, 早漬大根, 明治三十四年の, 明治三十年十二月に, 明治二十三年には, 明治二十三年の, 明治十九年五月新富座で, 明治四年, 春かの, 春からは, 春さきに, 春さき阮東は, 春そっと, 春たしかに, 春だった, 春だつた, 春であった, 春な, 春にかけては, 春にな, 春にも, 春にわたって, 春のは, 春までには, 春までは, 春ジェンナー夫婦は, 春僕は, 春夏に, 春大学を, 春夫妻は, 春姑は, 春実際, 春宮内の, 春家に, 春山の, 春巴里を, 春市中の, 春庭を, 春彼女は, 春志津は, 春応天門の, 春急に, 春意識の, 春或, 春早早であったろう, 春春陽堂から, 春本国に, 春東山道総督軍によ, 春狂言に, 春疫痢を, 春神田の, 春秀忠と, 春私と, 春突然, 春籌子夫人が, 春結婚し, 春美き, 春職人を, 春船長が, 春良兼は, 春荘公は, 春莊公は, 春西湖の, 春試みに, 春長崎を, 晩夏の, 暮に, 暮には, 末であった, 末の, 正月から, 正月だった, 正月で, 正月と, 正月とをも, 正月にかけては, 正月までは, 正月二十七日鶴岳八幡宮に, 正月他愛も, 正月元日の, 正月十三日, 正月早々に, 正月早々には, 正治元年の, 永観元年には, 洪水に, 用に, 盂蘭盆前である, 秋が, 秋である, 秋まで, 秋わたしは, 秋一子菊之助を, 秋伯父は, 秋刑を, 秋社命を, 秋私は, 秋菜穂子の, 秋虫気づい, 秋鏡家へ, 秋香川県大川郡の, 種子に, 種実を, 第二回大会, 花どきが, 花の, 計画を, 計畫擴張, 試驗期に, 議会には, 豊作を, 開元, 除目の, 雪解水の, 順宗の

▼ 翌年~ (96, 7.8%)

16 なって 6 なると 4 なつて 3 なりますと, 至って 2 なりまして, 僕は, 男の子を, 至りて

1 [56件] いまの, かかって, かかる冬, する俗習, それでもどうにか, なった, なったので, なってから, ならなければ, なりて, なり權官, なれば, ジェームスは, ファラデーは, 下院議員の, 亡くなられました, 今度は, 公条が, 出た, 出たの, 刊行されたる, 南支へ, 及んでかの, 夫が, 女学校を, 実が, 左大臣時平が死に, 平賀房次郎という, 当りそして, 復活した, 曹操が, 東京大学の, 次男を, 死んだ, 死んだの, 歿した, 母が, 渡辺という, 父が, 生まれた, 発表された, 相成って, 相成りますると, 相成り漸く, 研究を, 私が, 第二回, 結婚した, 総領息子の, 至りその, 親父が, 諸生四百六十餘人, 貢さんが, 退校した, 長兄が, 鯉字は

▼ 翌年~ (53, 4.3%)

2 とうとう山, 文部省の, 明和五年で

1 [47件] これは, すぐ適材, そのままに, ふとしたこと, もう舞台, もはや流行後れ, ドイツへ, バーミンガム音楽祭の, パリを, 一両に, 一兩に, 一夏かれ, 一等属に, 上野の, 二等属に, 五十點に, 伊藤博文氏の, 作曲家フンメルに, 信仰によって, 先代が, 再び英国, 友人の, 大秀が, 天慶元年, 安南, 宝暦元年で, 家が, 山口で, 慶応四年すなわち, 明治四十三年, 次男が, 正式に, 正徳五年です, 正月が, 残った生殖能力者, 特別な, 畠中に, 百點に, 短期現役を, 約束の, 絶対に, 老蝮, 自火は, 花が, 見られなくなるま, 豊年だ, 進士に

▼ 翌年には~ (38, 3.1%)

2 出生が, 待ち設けたる初期

1 [34件] おっかさんが, この大, その場所, もう枝, もっと増す, ナイチンゲール看護婦養成所を, ノーベル賞を, フイラトフという, ラトガース・カレッヂの, ローヤル・ソサイテーが, 五千ポンドに, 供給は, 全く無い, 刑法の, 医師の, 十分であり, 可愛女児, 同じく蘭坡, 工學部大, 市場には, 師匠の, 御夢想, 既に財政困難, 日露戦争が, 早くも, 独墺合邦という, 田辺元, 百二十篇その, 着手され, 社を, 私もずつと, 結婚し, 老中に, 銭塘の

▼ 翌年から~ (17, 1.4%)

2 前述の

1 [15件] この土地, そこに, その幹, やめて, ソロ, 今日迄, 再び瑠璃玉, 再び輸入超過, 君侯に対して, 延長元年と, 明は, 東京へ, 此村に, 肺病にな, 音楽の

▼ 翌年即ち~ (14, 1.1%)

1 [14件] 一八九九年一月一日死刑は, 乾隆三十八年には, 今から, 千二百五十四年の, 大正十三年には, 大正十三年度中に, 安政六年五国条約と, 安政六年冬徳川政府から, 彼の, 慶応二年に, 憲宗の, 文久二年の, 明治四十年, 開元

▼ 翌年すなわち~ (10, 0.8%)

1 一七八五年は, 今から, 去年の, 大正十三年の, 安政元年の, 建久元年の, 文政十二年の, 文治二年に, 明治二十年に, 蜀の

▼ 翌年まで~ (10, 0.8%)

2 続いた 1 信州の, 大事に, 宿料を, 寒国に, 持ち越しに, 皆は, 自分の, 里親の

▼ 翌年~ (10, 0.8%)

1 いくらかよい, またこれ, またその, また北浜, 半ばすぎた, 半ば以上を, 少しは, 建議案を, 引きつづきこの, 来た

▼ 翌年~ (9, 0.7%)

6 かけて 1 かけての, かけては, 掛かったの

▼ 翌年また~ (9, 0.7%)

1 一千石の, 八三郎が, 失敗を, 奉書を, 新たに, 母校に, 水田の, 牛込見附外の, 生えます

▼ 翌年一月~ (9, 0.7%)

2 に発表 1 でその, にはモオリス, に雑誌, の初め, の創刊号, の末, はモリエール三百年祭

▼ 翌年~ (9, 0.7%)

1 が生れた, の二ツ, はアルジェリイ駐屯軍, は今, は小田原, は或, は東京, は沼津, は第

▼ 翌年三月~ (8, 0.6%)

1 から開港, なれば, には空しく, に忠利, に至って, までかかつて, までに足利町, 迄ゐ

▼ 翌年四月~ (8, 0.6%)

2 の大火 1 になつて出發, には大切, のこと, まだ鎖された, までの社会記事, まで山ごもり

▼ 翌年あたり~ (6, 0.5%)

1 から, からは御, からは私, であったと, にはもう, のよう

▼ 翌年五月~ (6, 0.5%)

1 には杏花, に至り, のこと, の大, は千島列島, 死すべしと

▼ 翌年正月~ (6, 0.5%)

1 にこれ, に等々力村, の一日, の謡初め, の鳥羽, 生れたん

▼ 翌年からは~ (5, 0.4%)

1 やめて, 殆ど毎, 殆ん, 誰も, 雪が

▼ 翌年~ (5, 0.4%)

2 かのお盆 1 かにちょっと, から胡堂, よ日本

▼ 翌年九月~ (5, 0.4%)

1 には天野遠景, に蜂起, のこと, の関東大震災, までと云う

▼ 翌年二月~ (5, 0.4%)

1 ただちに第, にこれ, に父親, の月末, まで二囘日本

▼ 翌年~ (5, 0.4%)

1 が実質的, はカント, は吾亮, は或, は革新的

▼ 翌年その~ (4, 0.3%)

2 城地を 1 主人という, 肺病の

▼ 翌年にも~ (4, 0.3%)

1 つづけられた, 又小松, 演習召集で, 藁葺き

▼ 翌年再び~ (4, 0.3%)

1 上府した, 二高に, 受験し, 志願しました

▼ 翌年益々~ (4, 0.3%)

4 盛んに

▼ 翌年かに~ (3, 0.2%)

1 その政治的天才, 巌本善治氏夫妻の, 鳥居龍蔵博士が

▼ 翌年これ~ (3, 0.2%)

1 を一冊, を完成, を與えられた

▼ 翌年~ (3, 0.2%)

1 余気が, 出版の, 開板の

▼ 翌年~ (3, 0.2%)

1 のころ囃, の大火, までのその

▼ 翌年~ (3, 0.2%)

1 一回十字軍として, 二回を, 六高等學校に

▼ 翌年~ (2, 0.2%)

1 光は, 歿く

▼ 翌年~ (2, 0.2%)

1 慶応元年の, 日清戦争だ

▼ 翌年だった~ (2, 0.2%)

1 かある, のでございます

▼ 翌年~ (2, 0.2%)

1 あつた, 安政三年八月二十五日江戸には

▼ 翌年~ (2, 0.2%)

1 回想される, 引続い

▼ 翌年にかけて~ (2, 0.2%)

1 ファラデーは, 日記

▼ 翌年にかけての~ (2, 0.2%)

1 ことであった, 冬にも

▼ 翌年にな~ (2, 0.2%)

1 つても, つて水弘會とか

▼ 翌年より~ (2, 0.2%)

1 伝受も, 酒が

▼ 翌年ハイドン~ (2, 0.2%)

1 はアイゼンシュタット, は栄誉

▼ 翌年ロシヤ政府~ (2, 0.2%)

1 の名, は金時計

▼ 翌年七月~ (2, 0.2%)

1 に神余, まで八ヶ月間護良親王こ

▼ 翌年~ (2, 0.2%)

1 将は, 番上席に

▼ 翌年~ (2, 0.2%)

1 の仲間, 藩の

▼ 翌年仲平~ (2, 0.2%)

1 が三十, は昌平黌

▼ 翌年十月~ (2, 0.2%)

1 には王立協会, にも使

▼ 翌年~ (2, 0.2%)

2 五歳に

▼ 翌年摂政~ (2, 0.2%)

1 となる, になる

▼ 翌年本当~ (2, 0.2%)

1 の入学試験, の遊び

▼ 翌年江戸~ (2, 0.2%)

1 に奔, に帰らず

▼ 翌年監察~ (2, 0.2%)

2 御史

▼ 翌年結婚~ (2, 0.2%)

2 した

▼ 翌年~ (2, 0.2%)

1 の蒋, は建興三年

▼ 翌年遣唐使~ (2, 0.2%)

1 の入唐, をだされる

▼1* [357件]

翌年あたり松山館というの, 翌年あの大騒動, 翌年ある日の, 翌年いま一度人間の疱瘡, 翌年いよいよ切腹の, 翌年お玉が池, 翌年岩倉大使が, 翌年この理論の, 翌年ごろ二十五歳になっ, 翌年さらに宇都宮五郎高貞, 翌年なは, 翌年すぐ山田奉行と, 翌年すでに御みづか, 翌年すわなちお染, 翌年そちが岐阜, 翌年それこそほんとに, 翌年たしか大正十三年の, 翌年だけでは, 翌年だつたか, 翌年つづいて, 翌年であったか私たち一家, 翌年であるからこの, 翌年でしたかまた, 翌年とく子は妊娠, 翌年なりとす, 翌年はるばる山形の, 翌年ひろ子が生れ, 翌年ふたたび杭州へ, 翌年ふたりは家庭, 翌年ぼくは例, 翌年またはその後の, 翌年まだ此梅が, 翌年まつ枝は, 翌年もう節は, 翌年もう一度は翌々年, 翌年やっぱり春の, 翌年やはり同様の, 翌年ようよう本所の, 翌年迎えた, 翌年ギトリーがこの, 翌年シヤルルの後妻, 翌年スイスのバーゼル大学, 翌年チャーチ博士からこの, 翌年ドイツに留学, 翌年バアトンは英国, 翌年ファニイの, 翌年プーチヤチンが下田, 翌年ボルティモアといふ町, 翌年ポーランドのウォルソウ, 翌年ワイマールで室内管弦団, 翌年ワルシャワで開いた, 翌年一九〇九年四月二十七日にワラタ号, 翌年一八九〇年大井幸子が自由党, 翌年一子を生んだ, 翌年一族の亀次郎, 翌年一旦立ち去つて, 翌年一昨年ですな, 翌年一月シャアトル行の事, 翌年一月一日より施行, 翌年一月三十日に金瓶村, 翌年一月三日京都一条の辻, 翌年一月二十日づけの, 翌年一月十一日夜月明に乗じ, 翌年一月末彼は巴里, 翌年一月父がなくなった, 翌年一月私は上京, 翌年一月親類見舞に夫人, 翌年一月逓信省の船舶職員試験, 翌年丁巳経を執っ, 翌年丁度引越しの一周年, 翌年七十一で旧藩, 翌年七年二月十九日に離別, 翌年七月二十一日呂宋へ向け, 翌年七月五日附けの, 翌年七月六角獄で刑死, 翌年七月朔日水中に没す, 翌年七月末巣鴨拘置所で病気, 翌年七月死亡した, 翌年七銭に値上, 翌年万難を排し, 翌年三十一年にめでたく, 翌年三十三年八月に円朝, 翌年三十二と一目上り, 翌年三十四歳のフロレンス・ナイチンゲール, 翌年三年四分の三後の一年, 翌年三月ごろになっ, 翌年三月みずから七名の家臣, 翌年三月七十一名の身分, 翌年三月下旬にやっと, 翌年三月中旬にわたる単調, 翌年三月内閣に法典調査会, 翌年三月十五日にはさらに, 翌年三月十八日に起った, 翌年三月日露修好條約成立まで伊豆地, 翌年三月末より遂に, 翌年三月私は卒業, 翌年三馬の, 翌年上海に渡っ, 翌年上海事変が勃発, 翌年上総国市原郡鶴舞に徙, 翌年図行方知れず, 翌年世界演劇史上劃期的の事業, 翌年丙子の秋以前, 翌年の天災地変, 翌年中同氏はやはりポツリポツリ, 翌年中島謙造氏は横山氏等, 翌年乙亥の事, 翌年九月休暇を取っ, 翌年九月廿九日に産み落しました, 翌年二人は山, 翌年二十三歳のバッハ, 翌年二十四歳で今, 翌年二十歳の時, 翌年二月九日住蓮安楽を庭上, 翌年二月二十八日であつ, 翌年二月以来艦隊を江戸湾, 翌年二月初午の夜, 翌年二月十九日になつて, 翌年二月十五日付でロシヤ應接係, 翌年二月四男が出生, 翌年二月文学再出発, 翌年二月江戸上屋敷に潜ん, 翌年二月襄生徒を集め, 翌年五月五日に東京, 翌年五月初めの子供, 翌年ケーニヒスベルク大学の, 翌年京都に往, 翌年伊達捷平夫婦が死亡, 翌年会津の春, 翌年余十五歳家君の喪, 翌年修善寺で殺される, 翌年元旦の詩, 翌年元朝主膳諸士, 翌年元治元年六月五日は彼等, 翌年の内儀さん, 翌年先づ春章の後継者, 翌年先夫が残し, 翌年入府した, 翌年入部した, 翌年八年へかけ, 翌年八月その船, 翌年八月僕のまだ, 翌年公高を生みました, 翌年六十三で出家, 翌年六十四のとき, 翌年六十四歳のとき, 翌年六月五日の, 翌年其の山の, 翌年再建したの, 翌年冠君が霧, 翌年出家せられ花山寺, 翌年初めて第一回, 翌年から依頼, 翌年北斎は須原屋市兵衛出版, 翌年北条追討のこと, 翌年北米合衆国のジョンス・ホプキンス大学, 翌年十一月の二十二日, 翌年十一月二十二日に臨終正念, 翌年十一月瀧川左近一益が有岡城, 翌年十七の春, 翌年十二月東京控訴院の判決, 翌年十四歳の春, 翌年千八百八十五年三月ロンドンの一素人劇クラブ, 翌年千八百八十年でコーペンヘーゲン, 翌年南部領内大凶作, 翌年単行本として出た, 翌年召還されて, 翌年吉田の父, 翌年詩所載の, 翌年同じ相手に, 翌年名古屋の幼年学校, 翌年君子はある, 翌年咲二が生れ, 翌年四五月の頃, 翌年四十七歳の時, 翌年四月七日に網, 翌年四月上京したとたん, 翌年四月二十五日に信濃, 翌年四月十三日に亡くなった, 翌年四月学良は奉天督軍公署, 翌年を捲き, 翌年土井は第, 翌年地方で薨去, 翌年壬午が僅, 翌年変死した, 翌年夏帰国して, 翌年中元年宣宗位に, 翌年大井幸子という婦人, 翌年大学の法科, 翌年大学予備門の入学試験, 翌年大徳寺において玉室, 翌年大獄始末を終えた, 翌年天保九年八月二十一日の裁決, 翌年天子親祠したの, 翌年天慶二年の六月上旬病死, 翌年天明三年に妻, 翌年天正十九年九戸政実を攻めた, 翌年太政大臣禅師となり, 翌年太郎を生み, 翌年夫人が妊娠, 翌年奥山のある, 翌年女の子が生まれた, 翌年の縁家, 翌年のファンニー, 翌年姉小路中将から懇望, 翌年が生まれた, 翌年季節より早く, 翌年学校を卒業, 翌年安政二年の三月, 翌年安政元年正月初旬まで約, 翌年安政六年には十一月二十八日, 翌年宗兵衛は安政五年, 翌年官廳の許可, 翌年宝暦四年正月の六日年越し, 翌年宝永三年には若狭, 翌年宮良当壮君, 翌年家兄は急, 翌年寛延二年三月になりまし, 翌年寛政八年恰ど二月三日, 翌年寛政十年となり, 翌年寛政十年四月中に杏坪, 翌年寛永元年四月に三家老, 翌年将軍義輝から一字, 翌年小野篁伝天明に移りまし, 翌年崩御あり遂に, 翌年工事を竣, 翌年市中に暴動, 翌年帝国議会も開催, 翌年常陸介になっ, 翌年幕府の長州征伐, 翌年ひにも, 翌年幸村はこの, 翌年廃止され函館, 翌年延宝二年に, 翌年廻しにする, 翌年彼らが二年生, 翌年従四位下となった, 翌年た神, 翌年復春から冬, 翌年徴兵検査でまた, 翌年必ず国王と, 翌年恰度同じ頃, 翌年惨事常事妊もって, 翌年慧鶴十八歳の暮, 翌年或は翌々年までへ, 翌年久の, 翌年捕虜から歸つて, 翌年播種の種子, 翌年改元して, 翌年文化二年の歳, 翌年文化元年の八月, 翌年文政六年十二月二十三日に抽斎, 翌年文政十二年三月十七日に歿, 翌年日露蘭の三國語, 翌年早々無事に, 翌年明和二年十一月廿六日の事, 翌年明治三十五年の夏, 翌年明治五年九月十六日に東堂, 翌年明治元年正月に此伊木, 翌年明治四十二年に上野, 翌年春原城を落し, 翌年春喪があけます, 翌年春挨拶安心ノタメ隠居シタガ, 翌年春水の祗役, 翌年昭和十七年の春, 翌年昭和十四年の正月, 翌年普通の麦, 翌年更に是を, 翌年最愛の妻, 翌年本土にもどっ, 翌年栄光と名声, 翌年桜痴居士が, 翌年梅雨の期節, 翌年楢雄は進級試験, 翌年横井が四十五歳, 翌年正月ロンドンに初, 翌年正月光友から市, 翌年正月十九日の夕, 翌年正月号までの間, 翌年正月番場へ遊び, 翌年正月駒込吉祥寺に大火, 翌年死するに臨み, 翌年死んでしまった, 翌年死んだことを, 翌年母親は感冒, 翌年永眠した, 翌年沼津の大聖寺, 翌年法科大学にドイツ法科, 翌年浮世絵板刻の技術, 翌年渡島の節, 翌年湯島六丁目の藤屋火事, 翌年洲へ, 翌年源一を生ん, 翌年源氏は四十, 翌年漂着した二隻, 翌年火災に遭っ, 翌年熊本鎮台の一兵卒, 翌年に乞, 翌年父公保が六十三歳, 翌年独りで横浜, 翌年独芳原の小, 翌年王位に即, 翌年生産物を出す, 翌年田端に居, 翌年男の子が生れました, 翌年に罹っ, 翌年病死して, 翌年癸巳の元旦, 翌年発行が出来なくなる, 翌年発行所の電話, 翌年百名の人間, 翌年益盛んになつ, 翌年直に馬首を, 翌年祖母と二人, 翌年から翌々年, 翌年秋帰国せし時, 翌年突然帰って, 翌年立太子のこと, 翌年絶筆たる, 翌年羅馬から獨逸, 翌年美育社ますます業務, 翌年義夫という男児, 翌年翌々年は肥料, 翌年膳所中学を卒業, 翌年英国に帰った, 翌年の芽, 翌年落成して, 翌年蔵前の質見世伊勢新, 翌年藩主が帰国, 翌年行うことに, 翌年製図発行したこと, 翌年始めて, 翌年見廻りにき, 翌年解放運動の資金, 翌年訪れた南蛮船に, 翌年賭博現行犯で長野, 翌年足尾銅山の精練工場, 翌年近国へ遊学, 翌年近藤夫人の尽力, 翌年逃げ出して家, 翌年逢つた店の火事, 翌年配所で死んだ, 翌年金五郎は傷寒, 翌年長崎奉行を通じて和蘭商館長, 翌年長崎旅行の途次汽車, 翌年長男の文雄, 翌年長篠に於, 翌年閏五月を以て日本, 翌年関又一と云う, 翌年も解け, 翌年露西亜が蝦夷, 翌年韓原の戦, 翌年の夏, 翌年香葎君は素顔君, 翌年鶴千代丸に元服, 翌年黄中の, 翌年7月に軍医官